ウマ娘・・・。レーシングカーニバルのエル強くない?本当に勝てるロードマップが見えない。無課金であの仮面美少女に勝った人、デッキを教えてください。
豪雪です。
先日本屋さんで衝動買いした本があります。それが『主人公思考』(著:坂上陽三)。あのガミPの本です。
ちなみにその坂上陽三さんのことについては下を読んでください。
この本の中で最も強調されているのは、「自分の人生は自分で決める。だからこそ、自分の意思を大事にしなさい」と言う物です。例えば会社で働くにしても上司に仕事を丸投げにするのではなく、自分のやりたい事を提案した上で指示を仰ぎなさい、と言った物です。
そう、彼も有名人でありながら会社員なのです。だからこそ彼のこの本は会社員のあり方論の一つでもあります。しかも読んでて結構耳が痛い。第一線で働いている人というのはやはり着眼点が優れているのでしょうか。
もっというとこの主人公視点や主体性というのは「生きる上で」大事なことだとずっと説かれ続けている物です。決して会社員にだけ当てはまる物ではない、誰もが学ぶべき視線だと感じます。
と、今日は堅苦しい話はここまでにして。
実はこの本の中で書いていたことはそんな主人公論だけでなく、「アイドルマスターをいかにして流行らせるか」という彼の工夫についても、これでもかと書かれています。そしてそのうちの一つ、ある要素が今はやっている「ウマ娘」にも共通していること、もっというと艦これなんかにも近い要素がある、そんな大事なファクターが隠されていました。
今日はそれについて少し掘り下げたいと思います。
ちなみにウマ娘の流行った理由は過去にも考察していますので、よかったらついでに読んでください。後、笠松はよかったですよ。
アイドルマスターの「プロデューサー」とウマ娘の「トレーナー」
共通点というのは、この関係性。
アイドルマスターで言うと、「プロデューサー」という立ち位置。
ウマ娘で言うと、「トレーナー」という立ち位置。
これが実はとてもキーになる関係性だということです。
両者の共通点は「主人公視点でありながら、主役ではない」ということです。私たちはゲームをプレイするときはこの立ち位置になります。なので、物語の中で主人公として登場するのは「プロデューサー」であり「トレーナー」なのです。
しかし、アイドルとして舞台に立つのもウマ娘としてターフに立つのも「プロデューサー」や「トレーナー」ではなくその目線の先にいる魅力的なキャラクターたち。この関係性が大事だというのです。
わかりやすく例をあげましょう。
ウマ娘をプレイするとき、私はトレーナーとしてその物語に参加します。担当のウマ娘はハルウララだとします。ゲームの内容としては「目標を達成するためにトレーニングやレース、あるいはイベントの選択肢を選び続ける」という物で、私の選択によってハルウララはどんどん成長していきます。
(ここにハルウララの画像をつける)
こうしてみると、トレーナーがゲームの主人公であることは間違いありません。そしてそこに没頭しているのもプレイヤーとしての私であることも間違いありません。
しかし、レースを走るのも、勝つのも負けるのも、そしてウマぴょいを踊るのもトレーナーでなくハルウララなのです。つまりストーリーの主役・中心はハルウララなのです。
これがアイドルマスターになれば、トレーナーがプロデューサーに、ハルウララが天海春香に、トレーニングがレッスンに、レースがステージに変わるだけで、同じ枠組みの話をしているのです。主人公でありながら主役ではない、プロデューサーがいるのです。
これがアイドルマスターとウマ娘の大きな共通点です。あるいは未プレイではありますが艦これの司令にも通じるものがあるのではないかな、と考えています。
ここでさらに掘り下げると、本当にこの立ち位置でなければならないのか、という点です。つまり、プロデューサー(あるいはトレーナー)じゃなきゃダメなのかという疑問です。
例えばアイドルマスターで言うとアイドルに関係するのは他にもいるわけです。事務所の社長やファンもそうですし、何より「主人公がアイドル」であってもいいはずです。プレイヤーが天海春香をプレイしてもいいのではないですか?
しかし実はどれもうまくいかない。厳密にはいかなかったそうです。もちろんアイドルマスターが始まった頃、類似のシミュレーション作品といえば例えば「ときめきメモリアル」などに代表される恋愛シミュレーションが主だったのです。その視点からいくと、まずアイドルをプレイすると言うのも違う話。そして事務所の社長やファンではアイドルからの距離が遠すぎる。ぴったりはまる距離感というのが、プロデューサーというものだったのではないでしょうか。
そしてウマ娘でも同様。トレセンの理事長でなく、レースを見ているファンでもなく、ましてハルウララをプレイしているでもないのはそのような理由でしょう。
だからこそ、私たちはその距離感に惹かれ、彼女たちを応援し、色々と頭を使って工夫するのです。
近いのにひっつかない絶妙な距離感
ここで注意しなければいけないのは、アイドルマスターにおけるプロデューサーもウマ娘におけるトレーナーも、現実にあるプロデューサーやトレーナーとは異なる働きをしていることです。つまりプロデューサーやトレーナーはマネージャーでもあるのです。
ただただアイドルのプロデュースをするだけでなく、仕事に同行したりプライベートでも出かけたり。ただただ仕事をしているよりも一歩近い存在として彼女たちに接しているのです。
このおかげか、私たちはあくまでプロデューサーやトレーナーを通じて彼女たちに感情移入をしてより応援したくなるのです。単なる仕事仲間ではなくそこよりも近い位置にいることで、より親しみやすい気持ちになるでしょう。もし、アイドルとプロデューサーはプレイベートなどお互いに不可侵である、というスタンスであれば、高槻やよいやタマモクロスというキャラクターに特別な感情を抱くことがなかった人も多いでしょう。
しかしもっというと、プロデューサーとトレーナーはそれ以上の関係にはなりません。とどのつまり、公式でひっつくことはありえないのです。どこまで行っても一線を引いて距離感を留めているのです。そしてこのもどかしさもプレイの一助になっているのでしょう。
あくまで私の感想ですが、もし仮にゴールがアイドルとの交際・あるいは結婚であると、結局恋愛シミュレーションゲームになってしまいます。それ自体は面白そうではあるのですが、もしそうなってしまうと関係性に対するハラハラ感などは無くなってしまいます。
気のおけない仲であればズバッと言えることも、あくまで指導する側の人間という立ち位置では言いづらいこともあるでしょう。例えば、トレーナーとトウカイテイオーが友達の関係でしかなければ、仮に彼女の怪我に対して「無理しなくてもいいじゃん」、なんて言ってしまえますが、トレーナーという立ち位置であればどこまで行っても「彼女の勝利を掴む手伝いをし続ける」ことが大事になります。そうなると、一つ一つの発言や行動なども変わってきてしまうでしょう。
プロデューサー・トレーナーだからこそ近づける距離感や踏み込めない距離がある、この場合によってはもどかしくもある関係性こそ、さらにコンテンツに惹かれる理由の一つなのでしょう。
ちなみにログインした時にキャラが話しかけてくるあれも
ちなみに、ウマ娘といえばログインした時に話しかけられるあれもそう。アイドルマスターもログインした時に挨拶をしてくれるそうで日々の安心感を演出しているそうです。
かなり作り込まれた作品であるのはどちらもそうですが、こういった細やかな演出さえ計算され尽くされていることには脱帽です。
こんなふうに挨拶してくれると、たしかにログインしたくなりますね。
じゃあ私はエイシンフラッシュの育成に精を出してきます。それでは。
現場からは以上です。