対人恐怖症の春蒔初音
物語の主人公は御月見幼稚園に通う「春蒔初音」6歳。
彼女は夏祭りに親とはぐれ、さらに知らない人に声を掛けられ腕を引っ張られたことがきっかけで、他人、特に大人を信じられなくなります。
彼女はこのトラウマから、「夏祭り」という人の多い場所と「大人」という自分の力ではどうすることもできない強大な力に対して「恐怖感」を抱くようになります。
そのため、幼稚園に行っても友達ともあまり関われず、特に先生のような大人に対しては「うっせえクソババア」と暴言まで吐いてしまいます。
しかし、彼女にとってそれは本意ではなく、むしろ毎日自分を苦しめているものでさえあるのです。他人を不必要に遠ざけ傷つけてしまう自分の態度、そしてそれでも乗り越えられない恐怖心に孤独になってしまうのではないかと不安感が募ります。
そんな彼女が唯一心を許せる相手、それが幼稚園で飼っているうさぎなのです。
いつものようにうさぎと戯れていると、校長先生から翌日「顔がうさぎ」の先生が来ると告げられます。
うさぎおにとの出会い
さてその翌日。やってきた先生は本当に顔が「うさぎ」で名前は「うさぎおに」。
正体は神様であり、みんなの生活の裏側で悪い妖怪を退治しているとのこと。
周りの園児は疑うことなく、そのうさぎおにに群がると、質問を集中砲火します。カッパについてとか、その体についてとか、好奇心旺盛でいいことです。しかし初音は疑うどころか、うさぎおにの顔を引っ張って被り物(と思い込んで顔の皮)を思いっきり剥がそうとします。
本物なので剥がれることはありませんが、それでも初音はうさぎおにに対して警戒を一切解きません。
他の園児がうさぎおにと遊びに群がる中、彼女だけはとにかく一目散に逃げ続け、結局うさぎ小屋に逃げていくのです。
うさぎおにとの対話
そのうさぎ小屋にうさぎおにも来ます。そして初音に対して「怖がらせてすまない」と声を掛けます。
そんなうさぎおにに対して初音は「うさんくさい」と答えます。その言葉にうさぎおにはめちゃくちゃに落ち込みます。
そんな様子を見た初音。「大人なのに子どもの言うことに落ち込む」のを初めてみます。
さて、ここで彼女の心情が一つ明かされます。それが「大人になめられていると感じていること」です。最初のトラウマについても自分はなめられているからそんなことをされたのだ、と感じていたのです。
だからこそ、大人は自分の言うことをちゃんと聞いてくれていないと感じていたし、「信頼」できなかったのでしょう。
うさぎおにはそんな自分のみてきた大人とは違い、自分の言葉に、それがとげのあるものだったにしても、ちゃんと向き合ってくれた。だから、彼のことが気になり始めます。
そんなうさぎおにが他の園児からの初音の評価について話します。
それは「怖くて近寄りがたいが、嫌なことをされたら代わりに怒ってくれたりかばってくれたり、優しいところがある」と言うもの。
彼女は自分の態度から友人などできないで、孤独に生きていくのだと思っていたので、そんなことはないと信じられません。
夏祭りへの誘い
そんな中、彼女は他の園児から「夏祭りに行こう」と声を掛けられます。
ここで彼女はうさぎおにに掛けられた言葉に気が動転していたのか、あるいは自分の殻を破ろうとしたのか、その誘いに乗ります。
うさぎおにはレポートの提出のために行けないとのことですが、誘ってくれたこと園児や自分の言葉を受け取ってくれたうさぎおにに対して
「やさしいひとはやさしいんだ」と思い始めます。
しかし、夏祭りというのは初音にとって「トラウマ」の場所です。やはり行くまでには不安が大きく残ります。
夏祭りの「トラウマ」と逃走
さて、夏祭りの会場についた初音。親には言えず一人できました。しかしその人の多さに圧倒され動けなくなります。また、誘ってくれたみんなが見つからず、ずっと一人でソワソワしています。
そんな中、ある大学生ぐらいの女性が初音に声を掛けます。
「大丈夫?具合悪いの?」
その言葉に、と言うよりも声を掛けられたことに驚き、初音は走って人混みの中に逃げ込んでしまいます。
巻き込まれた人混みの中。自分よりも大きな人の群れ、そこから発せられる聞き取れない雑音。そこで初音は思い出してしまいます。
かつて夏祭りで声を掛けられたことを。
初音は過呼吸を起こします。そして「夏祭り」の中にいることに恐怖と圧迫感を覚え、「ここにいたくない」と思い、ひたすら足を動かします。前なのか後ろなのか、とにかく人混みから逃げるように。
と、周りも見えずに歩く彼女は人にぶつかってしまいます。
その相手はうさぎおにでした。
うさぎおにはボロボロの初音の様子を見て、先生の場所に連れて行こうとします。しかし初音は「ここにいたくない、帰りたい」と思いを呟きます。
うさぎおにはその言葉を聞くと少し躊躇ってから、「そうだな、苦しいな」と初音を抱きかかえ、「帰ろうか」と言うなり、その場から大きく跳躍し、夏祭り会場を後にします。
初音はその景色を見て、夏祭り会場も遠くから見れば綺麗だと感じつつ、
「いいなぁうさぎ・・・
にんげんもくるしいところからパッととびあがって、みおろせたらいいのに」
とうさぎおににいいます。
うさぎおにはその言葉にふふっと笑って見せると「人間にだって本当はできるのさ」と彼女に伝えます。
初音はやっぱりうさぎおにをうさんくさいやつだ、と一蹴してしまいます。やっぱりショックを受けるうさぎおにでした。
素直になること
翌日になって、初音は幼稚園に行くと、なんと初めてなのか先生にちゃんと挨拶できるようになりました。
そして一緒に夏祭りに行こうと約束していた園児たちに出会います。
「どうしてこなかったの・・・?」
と尋ねられる初音。
頭の中ではいろんな言い訳を思いつきます。だけど、うさぎおにに掛けられた「そうだな、苦しいな」と言う言葉を思い出し、素直に謝ります。
誘ってくれて嬉しかったこと、それでも苦しくて帰ってしまったこと。ちゃんと自分の気持ちを伝えました。
初音はこれでもうダメか、と思ってしまいますが、そんなことはありません。
園児たちはむしろ初音が本当は嫌だったのではないかと気にしてくれていたのです。
そして今度は初音を粘土遊びに誘います。彼女はそれに対して屈託のない笑顔で応じます。その笑顔につられ、他の園児たちも一緒になってはしゃぐようになります。
最後には初音はうさぎおにも一緒に遊ぼうと誘い、彼も一緒になって遊びます。
初音は周りに合わせることができるようになった一方で、自分の気持ちを素直に吐き出すことができ、みんなとうまくいったのでした。めでたしめでたし。